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中学の頃、BCLがはやっていた。
英語の勉強を兼ねて短波ラジオでイギリスのBBCやアメリカのVOAをよく聞いた。
短波というのは、きれいな音のFMなどとは違い、電波が安定したいないのだが、
遠い異国からくる電波に思いをよせて英語に耳を慣らした。


まだ米軍が立川基地に駐留しているころ、立川の街中には休日ともなると多数のアメリカ人家族が闊歩していた。 駅前にはデパートが数件あり、よくそのデパートの中でアメリカ人を見つけては、「Excuse me, but can I ask you to practice my English?」みたいなことを言って一方的に話しかけては自分の英語が通じるか実験した。 まず、100%いやがる人はいなく、快く笑顔で会話してくれた。ま、話の内容といってもたいしたことはないのだが、、結構通じるもので調子にのっていろんな人とお話した。意外とこれでちょっとした自信がつくものであった。ちなみに立川基地は1977年に返還となった。


中1の3学期頃、旺文社の百万人の英語という雑誌のペンパル募集というページでペンパルを見つけた。 初めてのペンパルはオーストラリアのSusan Brownとかいう女の子だった。 文通のアンチョコみたいな本があり、その例文をそのまま書き写しては手紙を書いた。 写すだけだから手紙書くのは比較的簡単。 はるか何千キロも海の彼方からくる英語の手紙はそのものがワクワクするものだった。一方もらう手紙の解読は結構大変だった。内容を解読するのにもまだ関係代名詞を知らない頃。先輩に聞いたりしてなんとか解読。でも相手の手書きはなかなかわかりにくいことも。。でも随分これで英語力がアップした。
ちなみに百万人の英語は今廃刊になり、ネット上に衣替えしている。

中学入学して、英語の授業。 N先生。
毎日英単語のテストがあった。 なんだか、覚えて満点取るのが楽しくなった。
ひたすら覚えた。  ほぼ毎日満点。。



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